私には、今でもときどき思い出す「撮れなかった写真」が二枚あります。
一枚は、私が新卒で入った会社の会長の写真。
もう一枚は、あるご家族の七五三の日に出会った、ひいおばあちゃんの写真です。
どちらのときも、私はカメラを持っていました。
「撮りたい」とも思いました。
それなのに、撮りませんでした。
今日はそんな、フォトグラファーとして少し苦い、二枚の写真の話を書こうと思います。
また会えると思っていた人
大学を卒業して最初に入った会社には70歳を過ぎても毎日のように誰よりも早く出社する、とても元気な会長がいました。
元気に歩いて会社へ来ることを、とても誇りに思っている方でした。
私が勤めていた頃は、会社へ行けば会長室に会長がいる。
それはあまりにも当たり前の景色でした。
その会社を辞めてから十数年ほど経ったある日。
都内での仕事帰りにたまたま近くまで来ていた私は、久しぶりに会社へ顔を出し、会長にも会うことができました。
以前より少し歳をとっていたけれど、相変わらずお元気で、まだまだ現役で頑張るぞ、というような空気があって。
「会長、変わらないなあ」
そんなことを思ったのを覚えています。
その日は仕事帰りだったので、カメラも一式持っていました。
そして、ほんの一瞬。
「会長の写真、撮っておこうかな」
と思いました。
でも、撮りませんでした。
久しぶりに会って、突然カメラを出して、
「写真撮りませんか?」
と改まって言うのが、なんとなく恐れ多くて、照れくさかったのだと思います。
まだまだ元気そうだったし、またいつか会えるだろうと思っていたし。
正確には、「また会える」とすら考えていなかったのかもしれません。
それくらい、会長がそこにいることを当たり前だと思っていました。
それから、たった二か月ほど経った頃。
会長が亡くなったと連絡がありました。
そのとき真っ先に思い出したのが、あの日の「写真を撮っておこうかな」という気持ちでした。
会社にいた頃、毎日のように見ていた会長室。
そこに会長が座っていること。
働いている人たちが会長と言葉を交わすこと。
ずっと続くように思えていたその景色が、もうない。
あの日、ほんの少し勇気を出して、
「会長、写真撮らせてもらってもいいですか」
と言えていたら。
私がずっと見ていた「あの場所にいる会長」を残すことができたのかもしれない。
今でもときどき、そう思います。
七五三が終わったあとの、もう一枚
もうひとつは、あるご家族の七五三を撮影した日のことです。
3歳の女の子の七五三。
撮影場所は、お母さんのご実家でした。
そこには、ひいおばあちゃんも一緒に暮らしていました。
おうちでのお支度から、ご家族で過ごす時間まで。
七五三という特別な一日ではあるけれど、そのご家族がいつも過ごしてきた場所で、ご家族みんなの姿を撮影させてもらいました。
撮影を終えて、機材を片付け、帰ろうとしていたとき。
母屋から、ひいおばあちゃんが出てきました。
午後の畑仕事へ向かうところでした。
一輪車を押しながら、こちらへ歩いてくるおばあちゃん。
春の午後の光が、後ろから差していました。
私に気がつくと、こちらを見て、とてもかわいい笑顔を見せてくれました。
その瞬間、
「あ、今、撮りたい」
と思いました。
すごくいい光と笑顔でした。
何より、その姿がとてもおばあちゃんらしく見えました。
七五三のために家族みんなで集まっているときのおばあちゃんではなくて、
これからいつもの畑仕事へ向かう、おばあちゃん。
きっとこの家で何度も繰り返されてきた、なんでもない午後の姿。
今思い返しても、あの光景をよく覚えています。
それなのに。
私はまた、撮りませんでした。
カメラを取り出せば、もちろん撮ることはできました。
でも、撮影はもう終わっている。
これから畑へ向かうおばあちゃんに、もう一度カメラを向けていいのだろうか。
ほんの少し迷っているうちに、声をかけることができませんでした。
それからしばらく経った、今年の春。
そのご家族のお母さんから連絡をいただきました。
ひいおばあちゃんが亡くなった、と。
そして、あの日撮影した写真の中に写っているおばあちゃんの写真を、遺影に使いたいとお話ししてくださいました。
七五三の日に、おばあちゃんの写真を残すことはできていました。
ご家族と一緒にいる姿も。
笑っている顔も。
その写真を手渡すことができたことは、本当によかったと思っています。
それでも私は、あの日のことを思い出しました。
春の午後。
一輪車を押して、畑へ向かっていたおばあちゃん。
後ろから光を浴びながら、こちらを見て笑った、あの顔。
あの一枚も、ご家族に手渡してあげたかった。
そう思いました。
「残しておきたい」と思ったときに
この二つの出来事には、共通していることがあります。
どちらのときも、その人がいなくなるなんて思っていませんでした。
その日に写真を撮らなければならない、明確な理由もありませんでした。
でも、暮らしの中にある大切なものって、そういうものなのかもしれません。
いつもそこにいる人。
いつもの場所で、いつものことをしている姿。
当たり前すぎて、わざわざ写真に残そうとは思わない光景。
今ここにあるものが、ずっと同じ形で続くわけではないこと。
そして、いつもそこにあるものほど、意識しなければ残らないことを、私は二枚の撮れなかった写真から思い知りました。
写真を仕事にしている私でも、撮りたいのに撮れないことがあります。
私は学生時代にドキュメンタリーを学んだこともあって、昔からカメラを向けられる側の気持ちを考えすぎてしまうところがありました。
今ここで撮ったら、嫌じゃないだろうか。
これは私が撮りたいだけなんじゃないか。
その気持ちは、これからも大切にしたいと思っています。
でも、相手の気持ちを大切にすることと、自分の中に生まれた「残したい」という気持ちまで引っ込めてしまうことは、少し違うのかもしれません。
撮るかどうかを決めるのは、その人です。
でも、声をかけることはできる。
あの二枚は、今の私がどんな写真を残したいのかを考える、ひとつのきっかけになっています。
七五三やお宮参りのような特別な節目はもちろん、その前後にあるいつもの家族の姿も。
そして、何の記念日でもない日の、なんでもない時間も。
今回、家族写真にminiプランをつくったのも、そんな思いがきっかけのひとつでした。
「今のわが家を残しておきたい」と思ったときに、もう少し気軽に写真を残せる方法があってもいい。
写真を生業にしている私なりの、ひとつの形です。
でも、これは「だから写真を依頼してください」という話ではありません。
残し方は、きっと写真だけではないから。
自分で一枚撮っておくことかもしれないし、言葉にして書いておくことかもしれない。
誰かと、その日のことを話しておくことかもしれません。
撮れなかった二枚の写真は、今もどこにもありません。
それなのに私は、会長室にいる会長と、春の光の中、一輪車を押して畑へ向かうおばあちゃんの姿を、今でもはっきり覚えています。
だから、いつもの景色の中でふと、
「この人のこんな姿が好きだな」
「この時間を覚えておきたいな」
そんな気持ちが浮かんだときには、その小さな気持ちを、なかったことにしないでほしいと思うのです。
写真でも、言葉でも、それ以外の何かでも。
そのとき自分にできる方法で、そっと残しておいてもらえたら。
私が撮れなかった二枚の写真から、今、いちばん伝えたいのは、そんなことなのかもしれません。

